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★★SPECIAL ZONE

80年代に登場以降、ポップミュージックには欠かせない存在となったMUSIC VIDEOの歴史をたどる大特集!洋楽・邦楽それぞれ10時間。計20時間「MUSIC VIDEO」に焦点を当ててさまざまな切り口で紹介します。 MUSIC VIDEO専門のVMCでしか見れない貴重な特集です。

MVやPVの現在に至るまでの変遷を歴史と共に振り返ります。

オンエア情報

初回

INTERNATIONAL

2/19 月−2/23 金
22:00−24:00

JAPAN

2/26 月−3/2 金
22:00−24:00


QUEEN
「BOHEMIAN RHAPSODY」

ミュージックビデオ(以下MV)の草創期は1940,50年代の映画とテレビの発達にとても影響を受けました。50年代中頃、映画での音とビジュアルの芸術的な使用方法と、テレビで扱われていたエンターテインメント的な要素がMVの基本的なスタイルを確立しました。60年代のビートルズの世界的な活躍も、MVのメデイアプロモーションが一役買ったと言っても過言ではないでしょう。70年代に入るとそのビートルズの前例に習い、音楽シーンにおけるメディアプロモーションがアーティストやレコード会社に重要視され始め、特にクイーンの「ボヘミアン・ラプソディー」(1975)は業界で初めてMVに予算が組まれ世界中でのオンエアを前提に制作されました。同時にプロモーションビデオ(以下PV)という呼び名も新たに産まれ、制作者だけでなく視聴者もMVやPVを新しいツールとして意識し始めました。そして80年初頭、MVやPVのブームはケーブルテレビの音楽番組の発信と共に一気にヒートアップし、MVは映画並みの予算を組んで制作されるようになりました。マイケル・ジャクソンの『スリラー』の様にショートフィルムを意識した新たな指向の作品が出回るようになり、さらに楽曲のプロモーションとしても成功を収めるといった作品が多数制作される様になったのもこの頃からでしょう。このプログラムではMVやPVが独自に発展し音楽リスナーに受け入れられ始めた80年代中頃までにフォーカスを当てています。

選曲・文:Tomohiro Ichikawa/UK Adapta

NEW ORDER
「PERFECT KISS」

悲しいけど、さよならニューウェイブ

ちょうど私がマスターベーションを覚えだす頃、テレビの中からミュージック・クリップの洪水が飛び出してきた。80年代の第二次ブリティッシュ・インベイジョンと呼ばれる、ニューウェイヴ、ニュー・ロマンティック勢の音楽をメインとする音楽の到来た。ゲート・リバーヴを効かせた「パン!」というあのドラムに、ナヨナヨしたボーカルがのっかって、そこへ幻想的な映像処理と照明がゆらゆら揺れる。それに加え皆、派手なメイキャップでキメていた、そんな頃。遠く離れたイギリスの若者のリアルを毎週深夜、お茶の間のテレビで眺めていた。我家にはビデオがなかったので、肉眼で観て記憶するしかなかった。そんな環境で見た映像群は「刺激的」を突き抜けていた。

やはり物事の歴史とはなんでもそーなようで、過渡期を超えると高尚なアート指向のものが登場しだす。ヌーベル・ヴァーグしかり、グラム・ロックしかり。「サブ」を意識させ、刺激を支流へ分け、大きなもう一つの流れを作るものと言えばいいか。それは音楽を売る新しい営業ツールを超えて、脱領域的な越境のエンターテインメントを開示する。86年くらい。とにかくニュー・ウェイブとはバイバイというシーズンが来る。それは突然のことだった。そんな時代の到来を告げる印象的なPVの一つに、ニュー・オーダーの「パーフェクトキス」がある。これは今ではお馴染みのナウいPVのひとつとして知られているが、その当時初めて深夜番組ポッパーズMTV(ナビゲーターはピーター・バラカン氏)で放送され観た戦慄と言ったら、椅子から転げ落ちるほどだった。監督はジョナサン・デミ。トーキング・ヘッズのライヴ映画「ストップ・メイキング・センス」の監督であり、後に「羊達の沈黙」を撮ってアカデミーを受賞する人だ。このPVの注目すべき点はたくさんある。まずは平淡なカメラワークとカット割りの間合い、そのセンス。極限までそぎ落とした仕上がりには「え?これでいいの?」と思わせるほどの簡素さがある。そして色調。細かい話だけど、やはりこの画面の乾いたグレートーンはかっこいい。ニコチンが肺に付着する快楽のようなこの画質の美しさよ。「羊達の沈黙」にもこのジョナサン・デミ色調が出てくるのが謎かけのようで楽しい。そして演奏が生演奏を収録したものだというのにも注目だ。アクセクとバーナドード・サムナーがギターを掻きむしり、ふて腐れたピーター・フックがカメラを冗談のように睨みつける。マシーンのようなドラムのステファン・モリスと、その伴侶ギリアン・ギルバートの真っ赤なルージュ。実はこのPVが伝えるドキドキは、今日まで続いているのだ。

選曲・文:小田島等/古屋蔵人

PUBLIC ENEMY
「FIGHT THE POWER」

83年、ここ日本でもグラフィティアートを中心に、ブレイクダンス、スクラッチ、ラップというHIP HOPカルチャーの3大要素をドキュメンタリースタイルで紹介した映画『WILD STYLE』が公開されました。それを皮切りに、次々とラップのアルバムがリリースされるようになり、ここ日本でもHIPHOPというカルチャーが浸透していったのです。当時のミュージックビデオに登場する黒人達の姿にやられてしまった人も多いのではないのでしょうか。ジャージにスニーカー、ゴールドアクセサリーというスタイルから、所狭しと巨体を揺らし早口にまくしたてるそのエナジー溢れるパフォーマンスのファーストインパクトは圧巻でした。すなわちこう言ってもよいでしょう。HIPHOPカルチャーは、まず映像のもつインパクトが大であったと。今でこそ、その音楽に対するMTVの弊害が語られたりしますが、やはり彼ら黒人達のメッセージ全体が体現されたミュージックビデオの存在は、HIPHOPカルチャーにとって必要不可欠なものであったのです。なにより、当時はまだ日本人にとって不可解だったあまりにも奇抜なヴィジュアルの数々は、その背後にある意味を知るための暗号をといていくような面白さ、そして当時の音楽シーンを取り巻いていた文化的なテンションの高さの実感を与えてくれました。今回はオールドスクール期のカラフルで楽しげなイメージから、ギャングスタ・スタイルに代表されるハードでクールなイメージまで、時代を追って紹介していきます。

選曲・文:庄野祐輔

OK GO
「HERE IT GOES AGAIN」

その当時、パリで演じられていたオペラコミックがアメリカに輸入されて花開いたのが、ミュージカルというエンターテイメントでした。ブロードウェイに代表されるいまや巨大産業となったそれは、もはやアメリカを代表するカルチャーといってよいでしょう。歌とダンスによる総合芸術にある娯楽性は、アメリカの大衆文化に脈々と流れる、大きな流れとして様々な形のエンターテイメントのバリエーションを生み出し、今日に至っています。そしてそのミュージカルの正当な嫡出子となるのが、ミュージックビデオという存在なのではないでしょうか。ただ演奏を映し出すだけのビデオから、そこにある音楽を映像というメディアによって表現しようとするとき、アメリカの大衆文化を代表するダンスという要素、そして画面の中で踊り狂う輝かしいスターたちがいたのです。マイケル・ジャクソンや、マドンナなどその時代を彩った踊りもあれば、新しい創造性によって生み出された独創的なダンスもあります。そこにはまた、その時代に、音楽にたむろう人々がダンスフロアで描き出した誰も知らないダンスのスタイルがありました。どの時代でも常に、ダンスは誰のものでもあるのです。それはまたミュージックビデオの世界で、ダンスがこれほどまでに人々を引きつける理由のひとつなのではないでしょうか。

選曲・文:庄野祐輔

BLUR
「COFFEE & TV」

時間軸の芸術である映像表現において、ストーリーテリングは最も古典的かつ中心的な手法と言えるでしょう。それは音楽が主役であるミュージックビデオにおいても例外ではなく、これまで、そしていまも多くの“ストーリーMV”が作られています。
そのいちばんの特徴は、基本的にセリフやナレーションがないこと。よってその多くは歌詞を脚本に、アーティストを主演俳(女)優にストーリーを構築しています。一方でMVは映画のように完結した結末を必ずしも求められていないため、ディレクターが音楽からインスパイアされた世界を表現した抽象的なストーリーMVも多い。そこには音楽と映像とで見るものの想像力を喚起させる、MVならではの“物語”の存在感があります。

ストーリーMVの系譜をたどると……、行き着く先はやはりマイケル・ジャクソン「スリラー」。元祖にして最高とも言えるこの作品が20年以上の時間を軽く超える強度を持っている要素のひとつとして、そのストーリー性が挙げられるでしょう。ここでは「スリラー」以後、映像技術の進歩と共にストーリーMVがどう受け継がれていったか、その変遷を楽しみます。
選曲・文:釜池雄高

MADONNA
「VOGUE」

80年代から現在に至る女性と女性をとりまくあらゆる事象の変化は、そっくりミュージックビデオにおける女性アーティストの変化と重ね合わせることができます。それはつまり、女性像の変遷の最先端を、常にその時々の女性アーティストが疾走してきたことの証と言えるでしょう。
その代表格は、なんといってもマドンナ。84年、「ライク・ア・バージン」の世界的大ヒットで一躍スーパースターへと駆け上がると、そこから20年以上、常に時代の一歩先を見据えた“センス”で女王の座に君臨し続けています。 “ヴォーギング”(「ヴォーグ」のMVでの振り付け)の流行を生み出すなど、彼女はMVを自らのイメージ戦略において重用し、その後のカイリー・ミノーグ、ブリトニー・スピアズ、ビヨンセ、グエン・ステファニーへと至る一連の女性アーティストに多大な影響を与えました。

このプログラムでは20数年の“ガールズビデオ”を時系列に配し、女性が時代と共にどう描かれたのか。一流ディレクターたちとのコラボレーションを味わいます。
選曲・文:釜池雄高

JAMIROQUAI
「VIRTUAL INSANITY」

映像という分野はそもそもカメラやフィルムの発明から始まり、そして現在でも新しい機材や表現手法の発明は映像業界で留まる事を知りません。ミュージックビデオやプロモーションビデオ (以下MV/PV) のクオリティーやテイストもそれらの発明にとても敏感に反応し、その技術は映画などで使用される前にMVなどで試される事が頻繁にあります。 特に90年代に入ってからCGの合成技術やアニメーションが目覚ましく発達し、クリエイターの想像力を存分に映像に転化する事に成功しました。テクノロジーを巧みに操れるMVの職人達がカリスマ的存在になったのもここ10年間の大きなムーヴメントではないでしょうか。代表的なMV監督として、ミシェル・ゴンドリーはCG合成、タイムスライスやモーションコントロールカメラの機材導入を早くから取り入れ、彼の持ち味であるノスタルジックな作風と近代的なビジュアルを融合させました。「CGかアニメーションか、それとも実写か」こちらでご紹介しているMVはリスナーをそんな疑問と共に幻想の世界に連れて行ってくれる作品を紹介します。

選曲・文:Tomohiro Ichikawa/UK Adapta

GORILLAZ
「19-2000」

MVは実験的手法が真っ先に試される場です。制約の多いCMやテレビ、明確なテーマが主題で技法が添え物として提示される映画と違い。映像の手法やネタのインパクトが“曲に勝つ”ことが許される希有な媒体。「この曲映像はいいんだけどね」が許される世界。そしてその究極系として“ミュージシャンの姿形すら見せない、見せる必要を求められない”そんなMVによくアニメーションが用いられます。しかも子供向けのアニメや、ストーリーアニメでは封じ込められている“アニメーターの実験精神やエゴ”が炸裂した突然変異種的アニメが多く残されているのです。

1982年公開の映画『ザ・ウォール』などはピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズの内面を映像化しているにも関わらず主演はボブ・ゲルドフ、メンバーは一切登場せず。風刺的なタッチのジェラルド・スカーフがディレクションした見事なモーフィング・アニメーションが多用された全編MV仕掛けで、強烈かつハイクオリティなアニメを前に、アラン・パーカーによる実写パートがオマケ映像と化しています。DVDを買った人の9割が実写パートを早送りにしている事でしょう(ただし『Another Brick In The Wall PART-2』の部分は除く)。

アニメーションMVを語る上で特筆すべきは、ここ数年の日本のアニメ制作会社への依頼数の多さ。『AKIRA』以降、ジャパニメーションのサイバーパンク感にあからさまに影響を受けた映像感覚が流行になり、そのルーツであるproduction I.G.やSTUDIO4℃、GONZOなどジャパニメーションブランドを体現したメーカーへの依頼も目立つ。『アニマトリックス』におけるアニメーションクリエーター達の日米交流なども一役買っているようで、これまでのように海外のアニメーターや映像作家を招くだけだった状況から、日本側への依頼も増えているようです。ダフトパンクが松本零士に依頼したアルバム『ディスカバリー』のフルアルバムアニメーションPV化を実現したのは『銀河鉄道999』も手がけた東映アニメーション。ただしダフトパンクが求めていたであろう昔のセルアニメの質感ではなく、ばりばりのデジタルアニメに仕上がっていたわけですが……。

選曲・文:古屋蔵人

BJORK
「ALL IS FULL OF LOVE」

安価なコンピューターの出現は、エレクトロミュージックの制作環境だけでなく映像の制作環境をも大きく変えました。大規模なスタジオ環境を必要とする撮影が、より個人レベルでの環境で可能になり、それにより表現の内容自体も大きな変化を被ることになりました。そのことの意味は、単に制作が簡単に、安価になったというだけではありません。これまで物作りを担わなかった、全く新しい人々がそこに参加し、またそこに新しい考え方、思想、多様な表現方法を導入しはじめたのです。 TOMATOというヴィジュアル集団の音楽面での表現であるアンダーワールドは、そのDIYな映像スタイルとともにこのジャンルの幕開けを宣言していました。また、完全に音楽と映像が切り離せない地点で結びついているのも、このジャンルの特徴です。コールドカットやヘクスタティクスが多用する映像サンプリングは、手法そのものがもはや新しいコンセプチュアルアートの領域に達しており、唯一無二の存在として他にはない表現を行っています。また、リアルタイムにビデオミキサーをコントロールするVJの登場や、CG表現の進化発展、また、作曲としてのプログラミング手法を用いるオウテカなどのアーティスト、エレクトロニカといった音楽ジャンルの誕生も、この領域において相互に呼応し合っており、新しい映像手法をかたる上で見逃せません。そもそもがアンダーグラウンドなジャンルとしての宿命でミュージックビデオとして流通している映像は少ないですが、そうした新しい領域において今、生み出されつつある映像のいくつかを紹介してみたいと思います。

選曲・文:庄野祐輔

BADLY DRAWN BOY
「YEAR OF THE RAT」

ここ数年の映像シーンを見たとき、“ドキュメンタリー”はひとつキーワードではないでしょうか。「事実は小説より奇なり」ではありませんが、CGやゲームなどフィクショナライズされた情報が氾濫したメディアに囲まれて育った世代には、むき出しの“事実”のほうがより強いインパクトを与えられるのかもしれません。 ここで取り上げる“ドキュメンタリー”は、必ずしも「事実を基にした映像」ではありません。ドキュメンタリー風の映像と言えばいいでしょうか。それはたとえば、@ワンカット(ワックス「カリフォルニア」、ベック「ロスト・コウズ」)、A監視カメラからの映像(ベースメント・ジャックス「ユー・ドント・ノウ・ミー」)、Bライブ映像(ニルヴァーナ「スメルス・ライク・ティーン・スピリット」)、といったもの。 後半は、“ポリティカル・メッセージ”を含んだミュージックビデオを特集します。日本ではポップアーティストが政治的なメッセージをMVで表現することはほとんどありませんが、海外では少なくない。特に9.11以降の世界で、アーティストがどんな“想い”をMVに込めたのか。邦楽MVから最も遠いジャンルのプログラムとなっています。

選曲・文:釜池雄高